2010年01月12日

誰も孤独にしない町 阪神大震災から15年(産経新聞)

【復興の光と影 阪神大震災から15年】(下)

 独り暮らしの人が誰にも看取られずに住居内で亡くなる「孤独死」。阪神大震災では、発生直後から被災地に建てられた仮設住宅での発生が相次ぎ、独居者の健康ケアや地域コミュニティーの大切さがクローズアップされた。

 だが今も孤独死は続いている。震災から5年となる平成12年から昨年1月までの9年余りの間に、568人が被災者のために建設された災害復興住宅で孤独死した。兵庫県の65歳以上の人の割合を示す高齢化率は平成17年10月時点で19・9%と全国水準(20・1%)とほぼ同じだが、県内265カ所で約4万人が暮らす復興住宅に限ると、昨年の高齢化率は47・6%、独居率は51・5%にのぼる。

 県は生活援助員(LSA)が派遣されるシルバーハウジングの大半を復興住宅に組み込み、13年からは独自に高齢世帯生活援助員(SCS)も派遣。地域のコミュニティー支援を進めているが、「568」という数字が重くのしかかる。

 一方、昨年3月まで「孤独死」ゼロを10年間続け、全国から視察の絶えない復興住宅もある。芦屋市の埋め立て地に建てられた「南芦屋浜団地」。814戸中230戸がシルバーハウジング。現時点で、被災地で唯一LSAが24時間常駐している。

 LSAを派遣する高齢者総合福祉施設「あしや喜楽苑」には、地域に開放されたギャラリーや交流スペース、喫茶店があり、毎日100人以上が出入りする。入所者のほか、復興住宅を含む地域のお年寄りが、絵手紙や将棋などの「クラブ活動」や、お茶を楽しみに集まる。

 施設を支えるのは300人を超える地元のボランティア。運営法人「きらくえん」の市川禮子理事長は「24時間体制に加え、地域とのつながりが孤独死を防ぎ、復興住宅の活性化につながっている」と話す。

 震災で家を失い、家族を亡くした人も少なくない高齢者を“孤独”にしない取り組みは、他の復興住宅でも進む。そこには新たなコミュニティーも生まれている。

 11年に入居が始まった神戸市長田区の復興住宅「エヴァタウン海運」では、地域も一体となった「ふれあい喫茶」が月2回開催されている。地元のまちづくり協議会の浅山三郎会長(72)は「コミュニティーは、復興住宅の住民だけでは作れない」と、地域住民に積極的な参加を呼びかけてきた。

 クリスマス会も兼ねた先月23日の「喫茶」に顔をそろえたのは80人以上。「あの人どうしてんの」と、会話は自然に地域の人々の近況に及ぶ。上田義隆さん(72)は、復興住宅に移り住んだ当初は知り合いもいなかったが、喫茶を通じて町の行事や自治会活動に誘われた。昨年は夏祭りの防犯部員も務めた。

 「行事などに誘ってもらうと、住民の一員になれた気がする。安心して暮らせているのは、道で会えば『こんにちは』と言い合えているからですね」

 人を支えるのは人。15年前と同じことを今、改めて実感している。

     ◇

 この連載は木村さやか、佐久間史信、木ノ下めぐみ、塩塚夢が担当しました。

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2010年01月09日

【ゆうゆうLife】病と生きる 元ボクサー、俳優 赤井英和さん(50)(産経新聞)

 ■突然引退…すさんだ心 仲間に支えられて転身 

 「浪速のロッキー」と親しまれ、この試合に勝てば世界戦というタイトルマッチで、プロボクサーだった赤井英和さんはリングに倒れた。頭部にパンチを受け、脳挫傷、硬膜下血腫で重体。一命を取りとめ、入院生活はリハビリに励んだが、診断は引退勧告だった。「復帰を目指したからこそ、回復も早かったと思う」。俳優に転身するまでの日々をふり返った。(文 牛田久美)

  [フォト]娘も芸能界入り!赤井沙希、K−1イメージガールで魂継承!?

 いつか引退するとは分かっていたけれど、その日はあまりにも急にやってきた。ベッドの上で目覚めたとき、全く記憶がありませんでした。

 昭和60年2月5日。開頭手術の翌朝、「お前はけがをしたんや」と聞き、心の中で復帰を誓いました。布団の中で腕を上げたり足をねじったり。練習して、試合して、「世界タイトルつかんだんねん」とリハビリに励みました。青春の日々が途切れるなんて夢にも思いませんでした。

 「2度とボクシングはできない」−。お世話になった大阪市浪速区の富永脳神経外科病院で院長に告げられたのは3月30日、退院の当日。「えええ?」 わが耳を疑ったまま記者会見に臨んだのです。

 《翌朝刊には、「ロッキー退院 後遺症はなし」「うれしい春の訪れ」など、明るい見出しが各紙に踊った》

 しばらくは、通院が“仕事”でした。半年後、母校の近畿大が「ボクシング部のコーチにならへんか」と声をかけてくれました。エディ・タウンゼント(トレーナー)から受けた世界レベルのテクニックを伝え、みんな頑張ってくれて大学王座に2度も輝きました。うれし涙も悔し涙も一緒に流せる。けれども、帰宅すると何とも言えない寂しさがこみ上げてきました。

 心は一体でも、ライトが当たるのは選手。行き場のない思いに心はすさみました。酒に浸る日々に家族は去り、ファイトマネーの貯蓄で慰謝料を払い…。引退式をしてくれたリングでは、同時に世界王者決定戦が行われ、(赤井にあこがれて入門した)後輩の井岡弘樹が勝ちました。うれしかった。帰宅して朝飯を食い、延々と酒を飲みました。何か分からへんかったけれど寂しかったんだなあ。

 転機は、自伝『浪速のロッキーのどついたるねん』(講談社)の刊行でした。それを読んだ阪本順治助監督(当時)が「映画化したい」「赤井くんが赤井を演ずるんや」と、情熱的に映画の内容を語ってくださったのです。これで生き返らんことには死んでしまうんやないかと、必死で取り組みました。84キロを超えた体重を、ビタミン剤だけで66・5キロまで落としました。同時にせりふを覚える。映画「どついたるねん」は手術日と同じ2月5日にクランクイン。見ることやること初めてで、「今の5倍怒れ」「はいっ」と、ひたすら阪本監督の指示に従いました。監督は忘れられない恩人です。

 ボクシングという素晴らしいスポーツは、今やから言えるねんけども、イメージは良いものがずっと残る。命を削ることもあるスポーツで、僕はすべての試合を覚えています。でも、あの日の試合はいまだに記憶がありません。控室からリングへ、直前まですべて覚えているのに、ゴングが鳴ったあとの二十数分間の記憶がないのです。

 7ラウンドのゴングから2分48秒後、ぼくは倒れた。それはきっかけではあったけれど、もっと早く脳内出血が始まっていたと主治医から言われました。1ラウンド、2ラウンドと…と無意識に闘っていたのですね。医師からは「潜在的に嫌なことは忘れるもの。いつかまたふと思いだしますよ」と言われて、安心しているのですけれど。

 ぼくがはっきりと言えるのは、ここまで来られたのは、あの事故の前も後も変わらず支えてくれた仲間のおかげだということです。

【プロフィル】赤井英和

 あかい・ひでかず 昭和34年8月17日、大阪市生まれ。近畿大在学中、冷戦下のモスクワ五輪ボイコットで出場を断念。プロボクサーになり、12連続KO勝ちの日本記録(当時)を樹立した。プロの戦績は21戦19勝2敗(16KO)。平成元年、映画「どついたるねん」で俳優へ転身。ウルトラマンシリーズ出演などで人気を集めている。

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posted by x1famoipva at 20:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「近未来」元幹部2人を再逮捕、再び詐欺容疑(読売新聞)

 IP電話事業への投資名目で出資金を集め、2006年12月に破産した「近未来通信」の詐欺事件で、警視庁は6日、ともに詐欺罪で起訴された同社元専務の日置茂(44)と元常務建石春雄(67)の両被告を詐欺容疑で再逮捕した。

 日置被告は容疑の一部を否認し、建石被告は「間違いありません」と認めているという。

 発表によると、日置被告らは06年3〜11月、IP電話事業による収益がほとんどなかったのに、茨城県内の会社役員ら2人に「中継局のオーナーになれば毎月約80万円の利益が出る」などと偽り、計約3500万円をだまし取った疑い。

 破産直前に約2億円を中国に送金して海外逃亡した社長の石井優容疑者(53)の行方は不明のままで、同庁は、同容疑で国際手配している。日置、建石両被告は昨年12月、4人から計約1億2000万円をだまし取ったとして詐欺罪で起訴された。

 同庁幹部によると、03〜06年の4年間に日置被告は約9000万円、建石被告は約8000万円、社長の石井容疑者は約5億円をそれぞれ役員報酬として受け取っていたという。

 一方、同社は1999年3月〜06年10月、投資家約4000人から約603億円を集めていたが、出資した投資家の救済は進んでいない。横浜市の男性(58)は05年夏、「2〜3年で投資金が回収でき、その後は定期収入が得られる」と勧誘され、「老後の生活の糧に」と退職金から約1400万円を出資した。マンションのローン返済にも追われているが、出資金も戻ってきていない。男性は「社長がだましとった金で海外を逃げ回っているのかと思うと許せない」と憤る。

 破産管財人によると、近未来通信の負債総額約190億円に対し、回収できた資産は約2億1000万円で、配当のめどは立っていない。

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